絵馬を奉納する受験生で境内が溢れる  《神社・東京都・彫り》

亀戸天神社・正保年間(1644~1647)、菅原道真の末裔であった九州の太宰府天満宮の神官、菅原大鳥居信祐は、天神信仰を広めるため社殿建立の志をもち、諸国を巡った。


そして寛文元年(1661)、江戸の本所亀戸村にたどり着き、元々あった天神の小祠に道真ゆかりの飛梅で彫った天神像を奉祀したのが始まりとされる。

当時、明暦の大火による被害からの復興を目指す江戸幕府は復興開発事業の地として本所の町をさだめ、四代将軍徳川家綱はその鎮守神として祀るよう現在の社地を寄進した。


そして寛文2年(1662)、地形をはじめ社殿・楼門・回廊・心字池・太鼓橋などが太宰天満宮にならい造営された。
update:2009年10月11日